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海水の疑問50 みんなが知りたいシリーズ4

定価: 1,760円(1,600円+税)
著者名:日本海水学会編 出版社:成山堂書店

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ISBN 978-4-425-83091-6
発行日 2017年09月08日
判型 四六
頁数 192

主な内容

「海はなぜ青いのか?」、「刺身がなぜ塩辛くないのか」などの素朴な疑問から、海洋深層水や人工海水、メタンハイドレードなど資源に関する事柄、地球環境の諸問題まで総勢29名の専門家が分かりやすく答える。

【はしがき】より
1841年正月に,土佐の漁師であった中浜万次郎(14才)の乗ったカツオ漁船は,暴風雨に遭い,海流に乗って鳥島に漂着しました。鳥島は八丈島と小笠原諸島の間にある島です。万次郎は,雨水で喉の渇きを,渡り鳥アホウドリを捕獲して飢えをしのぎ,約5 か月後にアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号(船長:ホイットフィールド)に救助されました。万次郎はアメリカで暮らし,捕鯨船の上級船員の資格をとりましたが,鎖国時代の日本に,すぐには帰れませんでした。万次郎は船員となって世界を廻りました。万次郎が,沖縄から密かに日本に入り,土佐の母親に会えたのは遭難から12年後(1853年)のことでした。そこから,ジョン万次郎は日本の開国や近代化に偉大な貢献をすることになります。
1854年7月8日に,浦賀沖にペリー総督の乗った黒船が現れ,幕府は大混乱に陥ります。当時,日本で英語の一番できた万次郎は,幕府の通訳を担当しました。1859年には英会話集を刊行しています。翌年,勝海舟や福沢諭吉とともに使節団のメンバーとして咸臨丸に乗ってアメリカに向かい,アメリカでのジョン・マンの両親と言えるホイットフィールド夫妻に再会します。
さて,万次郎が生きた時代には,気象予報のための衛星も飛んでいませんし,逆浸透膜を使った海水の淡水化技術もありませんでした。造船や航海の技術も今とは比べものになりません。
海流や渡り鳥の詳細も不明でした。ましては海中あるいは海底の資源のことなど想像もしなかったと思います。
日本は四方を海に囲まれている島国で,周囲にはいくつもの海流が流れています。この環境にあって日本は海について独特の知識と知恵を蓄えてきました。例えば,塩つくりの技術は,揚浜式塩田,入浜式塩田,流下式塩田,そしてイオン交換膜法製塩と移り変わり,塩の製造コストを下げつつ,塩の純度を上げてきました。海への挑戦から得た先人の知識や知恵を学んで,私たちは未来への指針を得ることができます。
本書では,海水についての50の疑問を専門家がていねいに答えをつくっています。読者の皆さんに大いに学んでもらい,海から恵みをもらいながらも,その海を守るという志を立ててもらいたいと思います。私も本書から学びます。本書をジョン・マンに届けたとしたら,ジョン・マンはグーリブー(good book)と言ったと思います。

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