10年以上も昔のことだが,税理士会の支部懇親旅行でのバスのな
かの出来事である。時間つぶしにながされた「寅さん」の古いビデ
オで,イライラした太宰久雄演じる「タコ社長」が,従業員に向かっ
て,「一杯やろう。交際費でパァーとやろう」と叫ぶシーンがあった。
それを見た突然の車内の大爆笑に,バスガイドが驚いて振り返り,
運転手もパック・ミラーで客席を確認した姿が記憶にある。それも
当然であり、ふつうの乗客が笑う場面ではない。
日頃,中小企業を相手にしている税理士にとって.交際費は役員
給与とともに経営者からの相談内容の中心である。とくに交際費は,
日常的に発生ずるものであり,その内容や事実関係から費用性すら
も検討することを余儀なくされるなど,厄介な支出も出てくる。そ
ういう実態を知る者からすれば,山田洋次監督の脚本は,極めて的
を射た現実的な台詞だと思えた。同時に,従業員と一緒に呑むとい
う場合であっでも,福利厚生費ではなく,交際費といわせていると
ころに妙に感心したのである。
交際費課税についての解説書や解説記事は少なくないが,その多
くは,ケースバイケースの事例解説となっている。課税の立場にあ
る執筆者の見解は,課税庁において集積された否認事例に基づく展
開であり,またそれらの事例を網羅できるほど詳細な通達に立脚し
ている。一方,納税者側に立つ執筆者は,通達の内容を軸に,実務
家としての経験を加味した見解を示すことが多い。本来,交際費課
税は制限的であり,容認される幅は極めて短いと思われるから,い
わば隙間をぬうような納税者の主張であっても,否定的な判断が出
てくることは予想がつくといえよう。
実務に接する機会があっても,納税者と課税庁の相反する見解を
客観的な見地から検討することは少ない。その意味で,最終的な判
断は残念ながら納税者の主張に対するる理解が乏しいことは否めない
が,判例及び裁決事例で示された事実や事情,当事者の理解と認識
を参考にすることは極めて有益と思う。
そのため,日常的に発生し,検討されるべき内容が豊かな交際費
課税に付する判例及び裁決事例の傾向について,以前から気になっ
ていた。
しかしながら実際に検索してみると思いの外少ない。つまり,昭
和50年以降で,「裁決〜訴訟」,「1審〜控訴・上告審」の同一事案
を1組と数え,しかも検討に値し,あわせて解説の手掛かりに必要
な当事者の考えが記載してある事案となると,限られてくる。本書
では,それらの中から50編の事案を選び,それらを参考にして交際
費課税の事例研究を行っている。
交際費課税のリーディング・ケースとされる「ドライブイン事件」
の第1審判決が昭和50年6月24日であった。事例の検索を,昭和50
年以降と時期を区切ったのは,この昭和50年が交際費課税に対する
納税者の視野が広がった意識改革の時期と考えるからである。
そうなるといささか個人的な想い出であるが,日本税法学会関東
地区研究会でご指導をいただく機会の多かった故高梨克彦先生が,
この「ドライブイン事件」の納税者代理人であったにもかかわらず,
先生ご自身から交際費課税の論理を直接,ご教示いただく機会を逃
したことは.慚愧に堪えない。
本書は,『税経通信』2005年5月号から2007年5月号まで2年間
25回にわたって連載した「判例・裁決事例に学ぶ交際費課税」に加筆
訂正を加えて編集した。その間,税制改正によりいわゆる少額飲食
交際費制度の導入をみたが,‘交際費課税の本質には変更はないと考
えている。
税経通信編集部の鈴木利美氏には,いつもながら連載企画の段階
からお世話になり,本書の出版にあたってもご理解を賜った。また
同編集部の吉富智子氏には,連載時から的確な示唆をいただき,ま
た本書の編集におけるさまぎまなご助力に感謝するしだいである。
『税経通信』の連載においては,四方田 彰税理士と角田敬子税理
士がそれぞれ分担執筆し,それを私が修正した体裁で寄塙してきた。
本書の編集もその方法を踏襲していることから,各事実の結論につ
いては,多分に私の見解が反映している。したがって最終的な責任
については,すべて私に帰するものである。
四方田,角田両税理士とは,それぞれ時期は異なるが,ともに両
名が学部時代に私が担当した「租税法」の講義を履修したことで出
会った。今後も新進気鋭の税法研究者として,また実務家としてよ
り一層の精進を期待したい。
最後に,われわれ3名が出会うチャンスを作っていただいた共通
の恩師東洋大学名誉教授・西九州大学客員教授 坂田期雄先生が,
喜寿を越えられても変わらず執筆・講演活動に精進されていること
を感謝と共に喜ぶことをお許し頂きたい。
2007年6月
著者を代表して
林 仲宣